elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年4月3日に閉店しました。以降、地方に暮らしながら農作業と母親の介護に励んでいます。

宮本さんを紹介します

 お客様の宮本さんは50才ちょうどで、生命保険会社に勤めています。

 中学1年と高校2年の息子さんを持つシングルファザーです。

 7年前に奥さまを亡くされて以来、お一人で子育てされています。

 モテ男の宮本さんがその後再婚せずに独り身を通して来たのには理由があります。

 奥さまのご葬儀の席で、義理のおかあさまに、

「孫たちを引き取らせてちょうだい。主人と私で育てますから」

 と請われ、断ると、

「だって、どうせあなたはすぐに再婚なさるんでしょう?」

 冷ややかに言われたそうです。

 まるで、それまでのだらしなかった女遊びを見透かされたようで身がすくんだと宮本さんは話してくれました。

 その時に意地でも一人で育て上げると決意したそうです。

 それまで勤めていた外資系の証券会社を辞めると、ノルマや残業の少ない今の保険会社に移りました。

 奥さまが亡くなられた時、下の弟君は小学校に上がったばかりの7才で、上のお兄ちゃんは11才でした。

 まだまだおかあさんが必要だった彼らを男手ひとつで育てて来たわけですが、子育てには成功されたようです。

 自分たちでやれることはお父さんに負担をかけないよう、役割分担を決めてやるそうですし、誕生日に図書カードをプレゼントした時は、宮本さん経由で手書きの礼状をもらいました。

 逆らったり反抗することもないようで、

「俺に気を使っているんだよ」

 宮本さんは不憫がっていました。

 昨年、奥さまの七回忌の席で、

「孫たちをちゃんと育ててくれてありがとう」
 
 と、義理のおかあさまに涙ぐまれたそうです。

 証券会社にお勤めの頃は、

「交際費は際限なく使える」
 
 と豪語して、部下を引き連れてはしょっちゅう来店されていましたが、今は隔週の金曜日にお一人だけで見えます。

 来店されると大抵は、水割りの一杯も飲まないまま眠ってしまわれます。

 一週間のお疲れがどっと来るのでしょう。

 閉店間近になると女性たちに揺り起こされます。

 終電に間に合わないとタクシー代が大変だからです。

 ようやく立ち上がった宮本さんに、

「はい、これ。電車に忘れないで下さいよ」

 店の花瓶から抜き取った花でこしらえたブーケを渡します。

 奥さまのお仏壇に飾る供花です。

「いつもありがとう」

 握手を求めるその大きな手は荒れてがさがさです。

「明日の休みは洗濯とアイロンがけでつぶれるなぁ」

 それでも嬉しそうに、新橋方面に帰って行かれます。

 仕事でミスした部下の頭に水割りをかけたり、接待がうまく運ばなかったのを当店のせいにしたり、鼻持ちならなかった宮本さんの姿は今やどこにもありません。

 下請けの企画を横取りして『社長賞』をもらったのも、闇討ちにあったせいで左手の小指がいびつに歪んでいるのも全部嘘のようです。

 子育てをしながら宮本さんもまた、二人の息子さんに育てられたのかもしれませんね。

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