心残りがあります。
緊急事態宣言が解除されたら行きたい店があります。
当店があった並びにある寿司屋さんです。
前回銀座に行った時、店先をのぞいたのですが、『しばらく休業します』の張り紙が貼られていました。
この寿司店の男社長は70才くらいですが、若い頃から老人ホームの慰問を続けています。
施設の中に、寿司屋の模擬店を作って入所のご老人たちにふるまうのです。
去年、
「『敬老の日』に、老人ホームに付き合ってくれない?」
と社長に誘われました。
前の年に、
「来年は銀座のママを連れて来るから楽しみにしてて」
と、おじいちゃんたちに約束して来たのだそうです。
敬老の日は祭日で店も休みだし、施設を見ておきたい気持ちもあってOKしました。
どういう着物を着ていったらいいんだろう?
やっぱり地味めかな?
準備も進めていたのですが、直前になって同じ敬老の日に予約が入ってしまいました。
お世話になっている会社のOB会で、人数は25名です。
めったにない大人数の団体予約です。
気持ちが揺れました。
社長に相談すると、
「それはOB会を優先すべきだよ。俺たちは客あっての商売なんだから。こっちは気にしなくていいよ」
理解を示してくれました。
後ろめたさはありましたが言葉に甘えました。
後日、慰問に同行した若い板前さんに路上で会ったので、
「どうだった? 銀座のママが来なくておじいちゃんたちガッカリしてなかった?」
訊ねると、
「大丈夫でしたよ。老人ホームの人たちは去年の約束なんか覚えてないし、死んでた人もいますから」
あからさまにつっけんどんな口調で返されました。
怒っているようです。
「それはいいんですけど、社長が慰問が終わったあとママにニジマスを食べさせてあげたいって川魚のバーベキューを予約してたんですよ。ママの好きな日本酒も用意して。社長こそがっかりじゃないですか?」
彼の言葉にビビってしまった私は社長の店に行かなくなりました。
閉店する時も知らせませんでした。
社長とは長い付き合いで、いつも同業者割引でおいしいお寿司を食べさせてもらいました。
お客様を紹介してもらったこともありました。
お世話になったのです。
銀座を離れた今、心残りになってしまいました。
今年はこのコロナ禍で老人ホームの慰問は難しいと思います。
でも終息したら誘ってもらいたいです。
今度は必ず行けるし、どんなことがあっても行きます。
このことを伝えたくて、東京へ行ったらどうしても社長の店に寄りたいのです。