elderlyママのぼやき

元銀座のママです。長年続けてきたナイトクラブを令和2年4月3日に閉店しました。以降、地方に暮らしながら農作業と母親の介護に励んでいます。

失ったもの

 取引していた酒屋の担当者から電話をもらいました。

 仕事が暇でしょうがないのだそうです。 
 
 それはそうでしょう。
 
 彼の勤めている酒屋は銀座一帯のバーやクラブなどに酒を卸しているので、これらの店がきびしい今、注文が減るのは当たり前です。

「ママはいい時にやめましたよ。銀座なんて誰も歩いてないし、時短要請が始まったらもうおしまいですよ」

 この秋に子供が生まれるという彼は転職も考えているとへこんでいました。
 
 彼が口にした、

『ママはいい時にやめましたよ』というこの言葉、何人にも言われました。

 カラオケ屋さんにも税理士にもビルの管理会社にさえもです。

 日に日に新型コロナの感染者が増え、先が見えなくなっている今を思えばそれは確かにグッドタイミングだったかもしれません。

 しかしながら手放しでは喜んではいません。

 引き換えに大事なものを失ったからです。

 それは銀座で懇意にしていた二人の『ママ友』です。

 閉店を決めた時、この二人の友人に、

「一緒にやめない?」

 と持ちかけました。

 この頃、ニュースにこそなりませんでしたが実は銀座でもホステスや黒服のコロナ感染者が相次いでいて、夜の街には激震が走っていたのです。

 コロナ感染したお客様も一人や二人ではなかった筈です。

 コロナの怖さを説く私に、ママの一人は、

「借金があるからやめられない」と言い、
 
 もう一人のママは、

「こうなったら3人でやろうよ」

 と、ルームシェアならぬテナントシェアを提案してきました。

 長い時間をかけて話し合いましたが、結果は決裂で終わりました。

 私は、

『友人二人を置き去りにしていち早く銀座を去る裏切り者』になってしまいました。

 あれから二人と連絡が取れていません。

 何度か電話しましたが出てくれず、LINEを送っても既読になるものの返事はありません。

 どちらも怒っているのでしょう。

 昨日、目の調子が良くない母を連れて眼科医に行きました。

 両目とも白内障と診断され、後日の手術に備えて、あれこれ検査を受けました。

 説明や手続きも多く、正直疲れてしまいました。

 介護タクシーで帰ったのですが、道中ふと、

「将来、私が白内障になった時は誰が病院に連れて来てくれるのだろう? 手術の手続きは誰がしてくれるのだろう?」

 考えてしまいました。

 息子がいますが、離れて暮らしているし、どこまで頼れるかわかりません。

 二人のママ友とは30年来の長い付き合いでした。

 何でも言い合えたし、しょっちゅう一緒に飲んでは、

「将来は同じ老人ホームに入ろう」

 指切りもしていました。

 気が弱っていたのだと思いますが、むやみと彼女たちのことが思い出され、介護タクシーの中であやうく泣きそうになってしまいました。