きゅうくつなポジション
お客様のMさんがご昇進されたのは昨年の秋です。
それまでの資材部長から常勤監査役への異動で、大抜擢だったそうです。
監査とは、会社が健全に経営されているか、不正がないかをチェックする部門なので、当然ご自身も清廉であらねばなりません。
それまで毎晩のように、あちらこちらの取引先から接待を受けていたMさんは自重を余儀なくされてしまいました。
会社の同僚ともうかつに飲めなくなったそうです。
しょうがなく、早めに帰宅すると今度は奥方にイヤな顔をされるそうで、
「こういう店に出入りしているのを見られたらまずいんだけど…」
と言いつつ、いっときは足が遠ざかった当店にまた来店されるようになりました。
ですが、用心には用心を重ねて、
「これから行くけど、うちの会社の人間は来てないだろうね?」
電話確認はおこたらず、お席も入り口から死角になっている場所に隠れるように座られます。
お帰りの際も、
「ここでいいから」
今までのように外まで見送らせず、空き巣のごとくこそこそと出て行きます。
監査に抜擢された当初は、
「個室を与えられた」
「秘書も付いた」
「年俸は倍以上になった」
と有頂天になっていたのですが、伴う不自由さは想定外だったようです。
飲み方もガラリと変わって、女性たちをくどいたり誘ったりもしなくなりました。
エロ話もしなくなりました。
牙をもがれたかのようです。
女性たちはMさんの変貌ぶりをおもしろがってからかっています。
偉くなるのも大変なのですね。