三つ子の魂百まで
一つ年上の兄がいますが、子供時代、この兄をねたみそねみながら過ごしていました。
理由は、母親が私の何倍も兄を可愛がったからです。
我が家には物心ついた時から父親がいませんでした。
ですから母親の愛情は絶対で、その母の愛情を独り占めにしていた兄は私の敵でした。
大人になって店を始めた時、兄が、
「おまえの店に飲みに行ってもいいか?」
と電話をして来ました。
「公私混同したくないし、スタッフの手前もあるからダメだよ」
と私は断りました。
私なりの兄への仕返しでした。
しかしながら兄は可愛がられて育った側なので、私に対して負の感情は持っておらず、また悪意も見抜けずに、
「そうか、それもそうだな」
おうように引き下がりました。
その兄が、ある時、
「組織は合わない」
と言い出してそれまで勤めていた会社を辞めました。
しばらくのプータロー生活の後、タクシー運転手を始めたと思ったらそれもすぐにやめて次は『パチプロ』でした。
何をやろうと本人の勝手ですから口出しはしませんでしたが、その内母に無心するようになりました。
無心は何度か続き、煮えを切らした母が、
「いい加減にしなさい! 奥さんもいるのに!」
お金を渡さなくなると兄はキレて母親と縁を切ってしまいました。
何でも自分の言うことをきいてくれた味方そのものだった母に「NO」を突きつけられて裏切られた感がものすごかったのでしょう。
以来音信不通で、十年にわたっています。
時おり母に、
「和雄(兄の名前)に会いたい? 探してみようか?」
訊ねますが、
「別にいいよ。会いたくないよ」
返事はいつも同じです。
私に遠慮しているのです。
喧嘩別れしたとはいえ、あれほど溺愛した息子に会いたくないわけがありません。
夕方になると母は窓辺に腰かけてぼおっと畑を眺めます。
その視線の先に兄がいるのが私には見えます。
母は93歳です。
衰えが目立ち、記憶障害も出て来ました。
今ここで私がすべきは兄に会わせるための尽力でしょう。
よくわかっています。
母親に、この世に未練を残させたくはありませんから。
ですが、
マンガ本も洋服も兄のお下がりばかりで、お菓子さえも数が足りなければ兄のものだった子供時代を思い出すとあの頃の悔しさや怒りがむくむくともたげて来てくじけてしまうのです。
今、兄と話せるなら言いたいことは山ほどあります。
あんなに可愛がってもらったくせに…。
母親の宝物だったくせに…。
何やってんのよ!
この親不孝者が!
生きてるうちに会いに来なさいよ!